さらさんの旅行記
テーマ:
旅行記タイトル:ギリシャ1997
旅行期間:1997/05/27〜1997/06/04

旅行記の内容:サラとおばあちゃん、はじめての海外個人旅行記
この旅行記はダイジェスト版です。
完全版は『ECCENTRIC BLUE』へ。
写真:サラとおばあちゃん、はじめての海外個人旅行記
この旅行記はダイジェスト版です。
完全版は『ECCENTRIC BLUE』へ。
ギリシャ到着の翌日、サラとおばあちゃんは港町ピレウスへ向かう地下鉄に乗っていた。
昨日、ツーリストインフォメーションでもらったフェリーの時刻表によると、サントリー二島へは7時30分発の船がある。
終点ピレウス駅で降りたサラとおばあちゃんは、駅の構内にフェリーチケット売り場を見つけた。
外にも店はたくさんあるらしいが、それほど値段は違わないだろうから、手招きされるままそこへ行った。
船はここを出て左にまっすぐ1分くらい行き右に曲がったところだと教えられたが、あまりにもたくさん船があるので迷った。
出港の時間が迫っていたので人に聞き聞き、二人はなんとか10分前に船内に落ち着くことができた。
9時間ほどかかってサントリーニへ。
写真は途中寄港したナクソス島。
海は感動的なブルー。
安宿は、港に来ている客引きと交渉するといいと聞いていた。
本当に客引きはいるのかしらと心配だったが、船を降りてみると乗客と同じくらいの数の客引きが 、『トイレ・シャワー付』と書かれた板を掲げたり部屋の写真のファイルを広げて待ち構えていた。
1泊12000ドラクマ(約6000円)のところを6000ドラクマ(約3000円)にしてくれるというおじさんの宿に決めた。
彼の名前はヤニス。
宿ではお姉さん(妹?)のマリアが笑顔で迎えてくれた。
「ここを自分のおうちだと思ってくつろいでちょうだい!」
その言葉はおばあちゃんを気楽にさせた。
部屋は簡素で眺めはよくないが清潔で、大きな窓とバルコニーがついていた。
サラにとっては居心地のいい空間となった。
その夜、二人は家を離れて初めて深い眠りに落ちた。

宿はカルテラドスという町にある。
島の中心地、フィラまで徒歩15分ほどだ。
フィラにはオールドポートがあって、そこへは徒歩、ケーブルカー、又はロバで降りることとなる。
サラたちは上から眺めただけ。
ロバで降りるのはかなりエキサイティングなようだ。

フィラからイアまでバスで約30分。
バスは途中、片側が崖の、狭くてカーブの多い道を走る。
そんな道を運転手は切符売りの兄ちゃんとおしゃべりしながら、その上よそ見して海のほうを指差したりしながら走らせた。
サラとおばあちゃんは生きた心地がしなかったが、無事イアへ到着。

本当に青い青い空!

19時半ごろ、サラとおばあちゃんは展望所へ行った。
すでに何人か先客がいた。
日没が近づくにつれ、一人また一人と仲間が増える。
見知らぬ人々と、ただ日没を待つのはなんだか面白い。
一人でやってきて無表情でタバコをくゆらすマダム。
ひたすら写真を撮りまくる若い男性。
他愛のない話に花をさかすおばさんたち。
おばあちゃんは夕日よりも、イチャつく若いカップルに目がくぎ付けだった。
水平線付近には雲が出ていたので、太陽が海に消える瞬間は見れなかったけど十分美しかった。
その日の帰りのバスの最終は20時半だった。
二人は急ぎ足で迷路のような路地を抜け、バス停へ向かった。
同じように日没を見届けてフィラへ帰る人が多かったからか、バスは定刻を10分ほど過ぎて出発した。
フィラへ戻ったころにはずいぶん暗くなっていた。
もうすぐ6月だというのに日没後の島は寒い。
サラはカーディガンを羽織っていたが、それでもカタカタ震えながら帰路についた。

サラはワインが好き。
ヤニスにワイナリーに行きたいと言うと、ピルゴスにあると教えてくれた。
バスでピルゴスの町に到着。
人々にワイナリーの場所を聞くが、“ワイナリー”という言葉が通じない。
何人か出てきてようやく伝わったもののここにはないという。
「そこのお店で試飲させてくれるわよ。
」
でもサラはワイナリーに行ってみたかった。
ねばっていると、少し戻ったところにあると言う。
1kmほどの所らしい。
サラとおばあちゃんは歩いた。
しかし、それらしいものは見当たらず、結局町に戻って先ほど勧められた店に入った。
「試飲させてください」。
二人は2種類の赤ワインを飲んだ。
とても甘くラムレーズンのような匂い。
サラは甘味の弱いほう(それでもかなり甘い)を2本買った。
そのワインにはラベルなどなく、品名らしき文字が手書きされたシールを貼っているだけだった。
1本800ドラクマ(約400円)。
「こんなに重くなかったら1ダースほど欲しいのに」と彼女は思った。

アクロティリ遺跡へ行った。
発掘された内部の重要なものはもうここには残っていない。
遺跡は海の近くにある。
一通り見学を終えて、二人は浜辺ですべすべのきれいな石拾いに興じた。
彼女たちにはこっちのほうが楽しかったようだ。

日曜日だからか、ピレウスへ向かう船内は行きとくらべものにならないくらい込み合っていた。
サラの席の前には6?7歳くらいのギリシャ人の男の子が座っていた。
おばあちゃんの前にはその子のお母さん。
男の子はちっともじっとしていなかった。
お母さんは時々ひどく叩いて少年を叱った。
でもその直後にはヘヘンと笑う少年。
まったくこたえていないようだ。
船が島々に接岸するたびにガタガタ振動する。
少年は「あ・あ・あ・あ・・・」と声を震わせてみた。
サラは顔を固まらせて小刻みに震えてみせた。
少年はそれを見て、お母さんに倒れ掛かり、身をよじらせて笑った。
座っていることに飽きると、少年は鼻歌を歌いながらぶらぶら歩いてどこかへ消えた。
サラがトイレに行こうと通路を歩いていると、前から来た子どもとぶつかった。
あの少年だ。
「なーんだ、あんたか」
お互いそう思いながらニッと笑った。
彼女がトイレから出てくると、少年が女子トイレの出入り口の向こうで待っていた。
通路を歩く彼女の周りを「ミャンミャン・・・」と言いながら飛び跳ねる少年。
サラも一緒にウニャウニャ言ってると、通路の周辺の乗客は「こいつらいったいなんなんだ?」といった顔で彼らを見上げた。
彼と遊んでいたおかげでサラは9時間半、ほとんど退屈することがなかった。

デルフィ行きのバスはリオシオンバスターミナルから出発する。
そのリオシオンバスターミナルへ行くためブルーバスに乗った。
15分ほどで着くはずである。
しかし、20分が過ぎ、30分が過ぎてもそれらしきところは通らなかった。
二人は乗り過ごしてしまっていた。
運転手はここで降りて反対から来るバスに乗るように言い、「トーキョー、ヨコハーマ、オーサカ!」と手を振り去っていった。
バスに乗るには切符を持っていなければならない。
サラはペリプテロ(キオスク)を探したがまったくない。
シンタグマ付近にはあんなにたくさんあるのに!仕方ないので二人は少し先まで切符を売ってそうな店がないか探してみることにした。
10分ほど歩くとバスがたくさん停まっている広場に出た。
ここが終点らしい。
さっきのバスの運転手も木陰で仲間とおしゃべりをしていたが、彼女たちに気付くとひとつのバスを指差した。
それに乗れということらしい。
でも切符がない。
バスに乗ろうとしていた男性にこの辺に切符を売っている店がないか聞いたところ、アテネへ行くならこのバスだという。
サラは自分の英語がおかしいのかと悩んでいると、そのバスの運転手がバスに乗り込み、二人も乗れと言う。
「でも切符を持っていないんです」
「いいから乗りな」
不安な二人を乗せ、バスは出発。
しばらく行くと運転手はサラを呼んだ。
「そこを左に曲がったところがバスステーションだ」
どうやら先ほどの運転手が彼に事情を話していたようだ。
リオシオンターミナルは広い道路から奥に100mほど入ったところにあった。
デルフィでは最初に町を散策したがシエスタの時間だったため閉まっている店が多かった。
次に博物館、最後に遺跡へ行った。
デルフィの遺跡はもっと静かなところだと思っていたが、団体の観光客がとても多く賑やかだった。
帰りのバスの時間が迫っていたので一番上まで登れなかったのが二人にとって心残りだった。

アテネを発つ前日の朝、この旅で初めての雨。
9時半にホテルを出て民芸博物館へ。
この時間、まだ道を歩く人はほとんどいない。
道端でたむろってるハイティーンの少年少女発見。
「日本人?」
彼らはサラたちに声をかけた。
サラは怖かったので無視して通りすぎようとしたが、そのうちのひとりの少年が彼女にかけより
「これのことについて知りませんか?」と、1枚のCDを差し出した。
バチを持った角刈りの少年と太鼓の写真のジャケット。
書かれている文字は全て漢字で読めない。
「わからないわ」
少年は残念そうに仲間の元へ戻っていった。
サラも力になれなくて残念だった。
民芸博物館は入場料が安い割に他のところよりとっつきやすく楽しめた。
二人が博物館を出た時にはすでに雨は上がっていた。
パティスリーでアップルデニッシュを買い、コロナキ広場で一休み。
色白の可愛い孫を連れたおばちゃんがやって来た。
大きなパン、丸ごと一個をちぎってハトにやりはじめた。
この公園はハトだらけ。

無名戦士の墓。
衛兵は微動だにしない。
しばらく眺めた後、アクロポリスへ向かう。
途中カフェの前を通った時、ちょうど『日曜はダメよ』の曲が流れていたのでサラも一緒に口ずさんだ。
するとカフェのおじさんたちも歌い出した。
体をゆすって回りながら歌い踊るおじさんたち!通りすぎるサラに「サヨナラ!」と手を振った。

坂を登りようやく近づいてきたパルテノン神殿。
階段を昇りきったところで道は左右に分かれていた。
左に行く人が多かったので二人もついて行った。
しかし道はすこし登ったところで行き止まり。
みんなで引き返した。
正解は右だった。
実物を見るまで柱は1本でできていると思っていた。
しかし実際はダルマ落としのようだった。
入り口の柱は思いきりずれていて、そのうち落ちてくるんじゃないかと不安になった。
夜はライトアップされたパルテノン神殿を見ながら海老のグリルと白ワインをいただいた。
料理はほかの店に比べあっさり目でおいしかった。
ハーフボトルでやってきたワインの銘柄は『Santorini』。
サラの心はサントリーニへトリップした。
今夜がギリシャ最後の夜。
サラはもう一度ここへ帰ってこようと心に決めたのだった。

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